お家では現地語だけ?と言われたら― スピーチセラピストが紐解く、バイリンガル育児の真実 ―

はじめに
「学校でお家では英語だけ話してくださいと言われたんです。」
オーストラリアで働く中で、保護者の方からよく聞く言葉です。
でも、家庭で母語(日本語)を使うことが「悪い」わけではありません。
むしろ、言語発達やアイデンティティの観点から見ると、家庭で母語を話すことはとても大切です。
この記事では、スピーチセラピストの視点から
バイリンガルの言語発達・継承語の大切さ・お家での言語使用について、
よくある誤解をひとつずつ紐解いていきます。
バイリンガルの言語発達は「遅れ」ではない
バイリンガルの子どもは、2つの言語を状況に応じて使い分けるため、
一時的にどちらの言語も語彙が少なく見えることがあります。
でもこれは「遅れ」ではなく、2つの言語を行き来する自然な発達過程です。
例:英語で 「apple,」「dog」
日本語で「まま」「ブーブー」
合計4語!
→ モノリンガルと同じペースで発達しています。
大切なのは「どちらの言語でより多く言えるか」ではなく、
両言語の合計でどれだけ表現できているかです。
継承語(Heritage Language)とは?
「継承語」とは、家庭やコミュニティの中で受け継がれる言語のこと。
たとえば、オーストラリアで暮らす日本人家庭にとっては日本語が継承語です。
継承語は「文化」や「家族の絆」と深く結びついています。
家で日本語を話すことで、子どもは安心感やアイデンティティを育みます。
家庭で母語を使うことは、
子どもの心の安全基地をつくること。
学校で英語をたくさん学ぶ子どもにとって、
家庭で母語を話すことはバランスを取る大切な時間です。
「家庭では現地語だけ」は正しい? ― よくある誤解
学校や先生が「家庭では英語を優先してください」と言う理由の多くは、
子どもの英語力を伸ばしたいという善意からです。
しかし研究では、母語を制限することが英語力の向上につながるとは限らないとされています。
(De Houwer, 2009; Paradis & Genesee, 2010)
むしろ、家庭で母語をしっかり育てた方が、
「言語の理解力」「思考力」「語彙の学び方」など、
英語にも転用できるスキルが伸びやすいことが分かっています。
言語の基盤は共通しています。
1つの言語で理解できたことは、もう一方の言語でも活かされます。
お家でできること
日常の中で、母語(日本語)と現地語(英語)の両方に触れられる環境をつくりましょう。
おすすめの工夫:
- 家では自然に母語で会話する
- 絵本の読み聞かせを1日10分でも続ける
- 歌や手遊びで言葉のリズムを楽しむ
- 英語の宿題を日本語で一緒に話題にする
- 家族の思い出を母語で語る(例:「今日の楽しかったこと」)
言葉は「教えるもの」ではなく、「共有するもの」
楽しい体験に結びついた言葉ほど、子どもの中に残ります。
発達特性のある子とバイリンガル育児
自閉スペクトラム症(ASD)や発達性言語障害(DLD)がある場合でも、
バイリンガル育児は可能です。
母語で話しかけることで、子どもは理解しやすく、
自分の思いを表現する練習もしやすくなります。
スピーチセラピーでは、お子さんの強みを生かしながら、
2言語の環境で「伝わる力」を育てていきます。
どんな時にスピーチセラピストに相談する?
以下のようなサインがあるときは、早めの相談がおすすめです。
- 2歳を過ぎても単語がほとんど出ない
- 3歳になっても文で話すのが難しい
- 指示を理解するのに時間がかかる
- 英語も日本語もどちらも伸びがゆっくり
- コミュニケーションにストレスを感じている様子がある
「様子を見よう」より「一度聞いてみよう」
早期のサポートが、言葉の発達に大きな違いを生みます。
まとめ
バイリンガル育児は、「どちらを優先するか」ではなく、
「どちらの言葉でも安心して自分を表現できること」が大切です。
母語を使うことをやめないでください。
それは、お子さんにとって「ことば」と「こころ」を育てる大切な時間です。
参考文献
- De Houwer, A. (2009). Bilingual First Language Acquisition. Multilingual Matters.
- Paradis, J., Genesee, F., & Crago, M. (2010). Dual Language Development and Disorders. Brookes Publishing.
- Grosjean, F. (2010). Bilingual: Life and Reality. Harvard University Press.
- Raising Children Network. Bilingualism and language development





